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書評「同一労働同一賃金で、給料の上がる人・下がる人 あなたの収入はどうなるか?」⑦
2018/05/23
「同一労働同一賃金で、給料の上がる人・下がる人 あなたの収入はどうなるか?」
著者 山口俊一
【書評】
人事コンサルタントとして25年もの長きに亘り、上場企業だけでなく、中小企業の人事制度改革コンサルティングを手掛けてこられた
山口俊一氏が、政府が2016年にガイドラインを発表した「同一労働同一賃金」についての実態や影響、そしてその対策などに関して、
わかりやすく解説されています。
まず、同一賃金とは簡潔に言えば「同じ仕事内容であるならば、同じ賃金にしなさい」という考え方であり、同じ仕事で同じ実績が
あるならば、正規、非正規といった雇用形態の違いや、男女、国籍などの要素で賃金差をつけてはいけないという事です。
単純に受け止めるならば「パートや派遣社員など(非正規社員)の待遇が社員並に改善されていくんじゃないの?」と思われがちですが、
そう単純な事ではないと氏は言います。
非正規社員の待遇を改善しようとすれば、その分人件費が上昇します。その人件費を、企業の生産性を落とす事なく達成するには
どうすれば良いか。それを実現する為には正社員給与の見直しは不可避であり、中でもそのシワ寄せはバブル時代に入社し、働きに
見合わない高給を得ているミドル世代に振りかかる可能性が高いと氏は警鐘を鳴らします。
この辺りについては某大手小売りメーカーが、実際に同一労働同一賃金を導入した場合というシミュレーションによって解説されて
います。本書における特徴として、提唱する理論を実際の企業に当てはめた場合どうなるか、というモデルを随所にてわかりやすく
提示してくれているのですが、これにより正社員の給料削減だけでなく、生産性を補う為の商品単価の上昇などにも繋がり、働き手
だけでなく消費者にも影響が出る恐れがあるという事がわかります。
ちなみに同一労働同一賃金の考え方が推し進められていく中で、非正規社員にも今までとは異なる方向性が見えてきました。
キーワードは《限定社員》。2013年の労働契約法の改正により、「契約社員としての勤務が5年を超えた時、労働者からの申し出があれば
期間の定めのない無期労働契約に転換できる」と定められた事により、今後は「正社員より待遇は低いが、決められた地域、時間でのみ
働く社員=限定社員」が増えるのではないかと予想されます。
果たして限定社員が増加する事によって社会はどのように変わっていくのか。それに関しては本書の中で既存の正社員、限定社員、
雇用主の立場から検証されていますが、今後の働き方を考えていく意味でも一見の価値があると思います。
また氏は、働き方改革にも言及されています。働き方改革とはいわゆる「長時間労働を是正するため、残業時間の上限を設ける」などの
提言を指しますが、残業時間が減るという事は収入も減る、引いては企業の収益も減少する可能性につながり、誰にとっても利益がある
話ではありません。問題は、残業が減っても会社も個人も得になるようにはどうすれば良いか。これに関しては《分働》や
《生産性連動賞与》の考え方など、今までの日本ではあまり考えられなかった解決策を示されていますが、長年人事の現場に携わって
きた氏ならではの提唱に目から鱗が落ちるような思いでした。
ところで、本作を通じ、最も痛切に感じたのは「備える事」の大切さでした。これから超高齢化社会に突入していくにあたり、
シニア世代が益々増えていきます。年金はアテにはならず、同一労働同一賃金の導入によりミドルからシニア世代の収入も安全安心とは
言えなくなると思われます。氏は本書の中で、定年後に働くシニア世代にも働き方や意欲に応じた変動給料制を提言されています。
一見現実味がなさそうに聞こえるかもしれませんが、本書を読み、同一労働同一賃金の趣旨を理解すれば、それが全くの的外れではない
事が理解できます。そうなった時、自分の身を守る為にも、副業やスキルアップ、そして将来的な資産形成としての確定拠出年金や
NISAなどに関する知識も、今から深めておく必要があると感じさせられました。
「同一労働同一賃金で給料の上がる人、下がる人」。
誰しも自身の給料については無関心でいられないと思うのですが、本書は過去のデータや実際に企業が導入したやり方、またその成果
などを織り交ぜて解説してくれている事。そして筆者が長年人事コンサルタントとして企業に関わってこられた事もあり、働く側だけで
なく、雇う側の内情も噛み砕いた言葉で解説しておられるため、非常にわかりやすい構成になっています。同一賃金に関して細部まで
理解されている方だけでなく、詳細はあまり知らないけれど、名前くらいはちょっと聞きかじった事のある方、全く今まで聞いた事も
なかった方にもすんなりと受け入れられやすい内容なのではないでしょうか。
また、それぞれのテーマに対して問題提起はされていますが、「これからこういうテーマについてはこうなっていくはずです!だから
こう備えなさい!」という上から目線での高飛車なものではなく、「これからこういうテーマについてはこうなっていく可能性があ
ります。対策としてはこういう手段も取れますので、今から備えておきましょうね」という、読者目線に立った語り口にも好感が
持てました。特に末尾にて紹介されている、《製造業》《卸売業》《小売業》など、各業種の給料が同一労働同一賃金の流れを受け、
どのような方向性へと進んでいくのかというシミュレーションは、今働いている人々にとっては今後を読み解き、備える為の非常に
重要な指針となるのではないでしょうか。
これまでの日本は、若手より中高年、女性より男性、独身者より家族持ち、非正規社員より正社員、子会社社員より親会社からの
出向社員、定年後より定年前の方が給料が高いというのは常識でした。ですが政府が推し進める「同じ仕事内容であれば同じ賃金に
しなさい」という考え方、即ち同一労働同一賃金の導入が加速していくに連れ、その構造は根本から崩壊していくのかもしれません。
しかしその流れから目を背け、無関心を貫いたままではやがて変わりゆく社会に取り残され、何も知らないまま大きな変革という名の
うねりに飲み込まれてしまうかもしれません。そのうねりが生じる背景には何があるのか。そのうねりによってこの先どんな事が
起ころうとしているのか。そのうねりに対応する為には、どうすれば良いのか。これら全ての問いに対するヒントが、本書には余す
所なく散りばめられています。
筆者は作中で、将来的にパートや派遣社員の面接で「御社は同一労働同一賃金を実現していますか」と逆に質問されるような社会を
予想しておられます。会社が人を選ぶのではなく、人が会社を選別する未来。そしてタイトルにもあるように、同一労働同一賃金の
導入によって賃金の上がる人、下がる人が明確に差別される未来。それに対し、我々一人一人がどのように備え、どのように行動
していくべきなのかを考えるきっかけになるであろう本書は、会社に雇用される側だけでなく、人を雇用する会社としての立場に
ある方にも広く読んで頂きたいと思う一冊です。