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最低賃金1,000円と同一労働同一賃金と社会保険加入拡大

2021/03/23

菅首相が、最低賃金について、改めて早期に全国平均で1,000円に引き上げる方針を表明しました。非正規労働者の処遇改善という構造的課題に対応するため、ということです。現在の全国平均は902円ですので、今より約100円アップする計算となります。

実は、この902円という最低賃金水準、先進国の中では最下位レベルです。いつの間にか、平均年収も最下位レベルに落ちてしまった日本ですので、不思議なことではありません。バブル時代の「日本は高賃金国」というイメージが頭に残っている世代にとっては、隔世の感があるのではないでしょうか。

昨年秋の最低賃金改定では、コロナ禍による経済悪化に配慮して、1~3円程度の引上げに留める県が大半でした。菅首相は、これを再度上昇軌道に戻そうというのです。2019年までが年平均3%強のアップであったことから、3年後の2023年秋頃には、全国平均で1,000円に引き上げる考えではないでしょうか。その時には、東京や神奈川は、1,100円程度が予想されます。

一方、同一労働同一賃金法制である、パートタイム・有期雇用労働法が2021年4月より、中小企業にも適用となります。エン・ジャパンが2021年2月に発表した調査結果によると、中小企業で同一労働同一賃金対応が完了したと回答した会社の割合は、未だ28%に留まるということでした。企業側の悩みとしては、「待遇差が不合理かの判断」と並んで「人件費の増加」が挙げられています。

「どこまでの対応が必要かよくわからないし、今の経営状態では人件費も増やしづらい。ウチのような中小企業が訴えられることもないだろうから、しばらくは様子を見よう」という声が聞こえてくるようです。

更に、これまで従業員数501人以上の企業に限られていた「パート・アルバイトの社会保険加入対象者の拡大」が、中小企業にも迫っています。社会保険の適用対象者が、これまでの「週労働時間がフルタイムの3/4以上」から「①週の所定労働時間20時間以上、②月額賃金が8.8万円以上、③2ヶ月以上の雇用見込み、④学生ではない、という①~④の条件を満たす人」にまで拡大されるという内容です。ちなみに、月額賃金8.8万円には、残業代や通勤手当、賞与などは含まれません。

これが、2022年10月からは従業員数101人以上の企業に、2024年10月からは従業員数51人以上の企業にまで、適用拡大されることが決まっています。従業員数といっても、フルタイム社員だけでなく、これまでの社会保険適用(週労働時間がフルタイムの3/4以上)のパート・アルバイトも含まれます。すると、正社員は80名でも、社保対象のパートタイマーが30名いれば、従業員数110名となり、2022年10月から適用拡大の対象企業となるのです。

時給1,000円のパート社員であれば、週20時間程度に抑えて社保加入を避けるか、思い切って勤務時間を大幅に増やして社会保険の本人負担分を補えるだけの収入を確保するか、の選択を迫られます。一方、企業が社会保険料の会社負担増を避けるには、適用外となる週20時間程度のパート社員や、学生アルバイトを中心に雇用するといった対策かもしれませんが、簡単なことではありません。

さて、「最低賃金の全国平均1,000円」「同一労働同一賃金」「社会保険の適用拡大」いずれも非正規社員の待遇や保障を改善する施策である反面、企業の人件費負担を確実に増加させることにつながります。とりわけ、多数のパート社員を抱える小売・飲食業やホテル・レジャー業界にとっては、大きなインパクトです。コロナ禍が始まる前から決まっていた施策とはいえ、最も収入減が激しい業界に対して、更なる試練といえるでしょう。

これまでは、コロナ対策としての緊急融資や持続化給付金、雇用調整助成金の特例措置などで、何とか凌いできた会社も少なくありません。でも、それも刻々と限界に近づいてきている。すでに、新型コロナ拡大以降、正社員の雇用が底堅い反面、非正規社員の雇用減少傾向は明らかとなっています。皮肉にも同一労働同一賃金の旗印であった「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」とは、逆行する結果となっているのです。

最低賃金の引上げや社会保険の加入者拡大については、長期的には必要なことと思います。しかしながら、非正規社員の待遇を引き上げようにも、雇用が確保されなければ、元も子もありません。まずは、これらのテーマはコロナ収束まで一旦凍結し、小売・飲食業などの経営環境が落ち着いた段階で、再度取り組んだ方がいいのではないでしょうか。

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山口 俊一

執筆者

山口 俊一 | 株式会社新経営サービス 社長

人事コンサルティング、講演、執筆活動を中心に活躍している。職種別人事をベースにした独自の発想と企業の実状に沿った指導により全国からコンサルティング依頼を受け、定評を得ている。現在までに中小企業から一部上場企業まで、900社以上のコンサルティング実績を持つ。主なコンサルティングテーマは人事評価・賃金制度の構築、組織運営など。