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公務員の定年延長と60歳以降賃金のゆくえ
2018/08/29
国家公務員の定年延長が本格化してきた
人事院は、国家公務員の定年について、現行の60歳から段階的に65歳へ引き上げることを求める意見書を、政府と国会に提出しました。その中で、60歳以降の給与は、現役時代の7割水準が妥当と述べています。現在の定年後再任用制度では、約8割が短時間勤務で能力や経験を生かし切れていないと指摘しています。
国家公務員が定年延長に踏み切れば、地方公務員にも同様の動きが広まることは間違いありません。民間企業でも、これまでは再雇用制度が主流ですが、定年延長に切り替える会社が増えていきそうです。
そこで、問題は賃金水準でしょう。人事院の意見でも、定年延長と言いつつ、60歳以降は賃金ダウンを前提としています。役職定年で役割責任が軽減される人は仕方ないにしても、同じ仕事をしながら給与が下がる人に対して、どのように説明するのでしょうか。
折しも、今年6月には、いわゆる「働き方改革関連法案」が成立しました。この中で、同一労働同一賃金を推し進める法改正も行われています。今回の法改正自体は、あくまで正社員と非正規社員の間での格差是正に限定されているのです。正社員の中での同一労働同一賃金を義務化するものでもなければ、公務員の給与について定めたものでもありません。したがって、定年延長後の賃金ダウンを規制した法律ではないものの、企業や社員が60歳以降の賃金水準を考えていくうえで、少なからず影響を及ぼすのではないでしょうか。
定年後の賃金引下げの違法性が問われている
同じく今年6月。最高裁で、再雇用後の賃金に関する、注目の判決が出ました。
横浜の運送会社で、定年退職後に嘱託社員となったトラック運転手3人が、「定年前と同じ仕事内容にもかかわらず、年収が下がるのはおかしい」として起こした裁判。第一審の東京地裁では、「業務内容が同じなのに賃金が異なるのは不合理」として原告側が勝訴。その後、東京高裁で逆転敗訴の判決が出ていただけに、最高裁の判断に注目が集まっていました。
最高裁は、長期雇用を前提とした正社員と定年後再雇用の嘱託社員で、賃金体系が異なることを重視。退職金支給や年金受給も見込まれることから、「定年後再雇用で仕事の内容が変わらなくても、給与や手当の一部、賞与を支給しないのは不合理ではない」と、賃金ダウンは妥当とする判決を出したのです。
ほとんどの会社では、定年後の給料は下がる。そんな日本企業の常識を、改めて追認する結果となりました。多くの経営者や人事担当者は、ホッとしたに違いありません。しかし、この判決によって、これまでの常識を変えずに済んだ、と考えるのは早計でしょう。
このケースでは、あくまで「定年前と同じ仕事内容であっても、退職金や年金支給も考慮すれば、2割程度の賃金ダウンは容認される」という判断が示されたにすぎません。
「では、3割ダウンや4割ダウンならどうか?」や「仕事内容が異なる場合には、どの程度まで許容されるか?」「退職金制度のない会社はどうか?」「今後、年金が65歳以降しか支払われなくなるが、その時はどうか?」といった疑問は残ったままです。しかも、最高裁は「労働条件の差が不合理か否かの判断は賃金総額の比較のみではなく、賃金項目を個別に考慮すべき」という判断軸を示した上で、皆勤月に支払われる精勤手当を、嘱託社員に対して支給しないのは不合理で違法と判断しました。
多くの会社が法的にはグレーゾーン
一方、今年3月には、以下の判決が確定しています。
北九州市の食品会社が、正社員として40年以上勤務した経理担当者から訴えられた裁判。会社は、定年後に時給制のパートタイム勤務として再雇用することを条件提示しました。しかし、月給換算にして定年前の25%程度まで減額されることを不服として、裁判に至ったのです。
福岡高裁は、定年再雇用の条件として、賃金を25%相当に減らす提案をしたのは不法行為にあたるとし、最高裁もこの判断を支持しました。その理由については、「高年齢者雇用安定法の趣旨に沿えば、定年前と再雇用後の労働条件に、不合理な相違が生じることは許されない」と指摘しています。
「いくらなんでも、75%ダウンは認められないだろう」と思う人も多いかもしれませんが、定年後はパートタイマーとして継続雇用する会社も少なくありません。その場合、時給1,000円で週30時間勤務なら、月額で12万円前後、年収なら150万円程度。もし、定年前に年収600万円の人だとすれば、150万円÷600万円=25%です。
このケースは、「仕事の責任や負担を軽減したとしても、25%にまで下がるのは行き過ぎ」ということを示しています。
先ほどの運送会社のケースと併せると、定年後「同じ仕事でも20%ダウンは容認されるが、違う仕事でも75%ダウンは認められない」ということになるのでしょう。しかし、多くの会社の再雇用制度は、この間の水準に納まっており、法的にはグレーゾーンと言えるのではないでしょうか。
大企業ほど、定年後の年収ダウンは激しい
次に、定年後の賃金水準について、調査結果を見てみましょう。
労働政策研究・研修機構が2014年 5月に発表した「高年齢社員や有期社員の法改正後の活用状況に関する調査」による賃金水準。定年到達時の年間給与を100とした場合の、定年後の賃金水準実態です。全体では、60~70という回答を中心だが、単純に賃金の減額率という観点では、企業規模が大きくなるにつれ、減額率が拡大しています。1,000人以上の企業に関しては、50以下になるという割合が37.1%と、最も多くなっているのです。
<年間賃金水準(定年到達時の年間給与を100とした場合)>
ただし、これは定年までの年収水準が大きく影響しています。仮に、定年前の年収が大企業で1,000万円、中小企業で600万円だった場合、再雇用後の年収を400万円に設定すれば、大企業は400万円÷1,000万円=40%、中小企業は400万円÷600万円=67%となります。現役世代では企業規模による年収格差は大きいが、定年後は企業規模間の賃金差は急速に縮小する、ということが言えるでしょう。
各社が待遇改善を打ち出している
しかし、既に一部の大企業では、60歳以降の待遇改善に向けた動きが活発化しています。
トヨタ自動車は、工場で働く社員約4万人を対象にした再雇用制度「スキルド・パートナー」の改定に踏み出しました。一定の条件を満たせば、現役時代と同水準の待遇で働き続けられる新たなコースを設定。これまでの再雇用後の賃金を、大幅に引き上げる動きです。
ホンダは、定年年齢を60歳から65歳に延長することを発表しました。グループ6社の従業員約4万人が対象といいます。定年前の半分程度に抑えられていた再雇用後の賃金水準についても、延長前の平均80%程度にまで改善するというのです。
味の素AGFは、60~65歳の再雇用社員について、週休3日制を導入すると発表しました。同時に、年収についても、これまでより約3割増やす。働き方改革の一環で、定年前との待遇の格差を縮め、働き手を確保する狙いとしています。
これらは大企業の動きだが、中小企業の中には、そもそも「定年年齢を65歳以上に設定し、給与も一切下げない」という会社も存在します。大企業以上の人手不足という事情もあり、60歳以上でも管理職として活躍している人材も少なくありません。
すなわち、これまで中小企業が先行していたシニア社員活用について、大企業や公務員が追かけ出している状態とも言えるでしょう。
さて、冒頭の人事院の意見書。「60歳を超える職員の給与の引き下げは、当分の間の措置とし、民間給与の動向等も踏まえ、60歳前の給与カーブも含めてその在り方を引き続き検討」という一文が、付け加えられています。この文面からは、「現役世代の年功賃金を抑える方向」とも読めますし、「一旦は70%とするけど、しばらく経ったら、引き下げ幅を減らしていく方向」とも読めます。
いずれにせよ、これまで極端に抑えられていた60歳以降の給与水準は、引き上がっていくでしょう。その際、高収益企業や生産性向上でコスト吸収できる会社は問題ありません。それができない会社は、定年以降の待遇引き上げを先延ばしするか、中高年層を中心とした現役世代の賃金を抑えることになるのではないでしょうか。